東京地方裁判所 昭和40年(特わ)310号 判決 1966年5月21日
被告人
有限会社 Y1商店(右代表者代表取締役 Y2)
会社役員 Y2
会社役員 Y3
会社員 Y4
銀行員 Y5
主文
被告会社を判示第一、一の罪につき罰金二〇〇万円に、
同第一、二の罪につき罰金二〇〇万円に、
被告人Y2を懲役四月に、被告人Y3
を判示第一、一の罪につき罰金一五万円に
同第一、二の罪につき罰金一五万円に
被告人Y4を判示第二、一の罪につき罰金三万円に、
同第二、二の罪につき罰金三万円にそれぞれ処する。
但し、被告人Y2に対し、この裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予する。
被告人Y3および同Y4において、右の各罰金を納付することができないときは金三、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。
被告人Y5は無罪。
理由
(罪となる事実)
第一、被告会社は、昭和二九年四月二日設立され、東京都台東区<以下省略>に本店を置き、繊維製品の販売業を営む、資本金一二〇万円の有限会社であり、被告人Y2は右会社の代表取締役社長として同会社の業務全般を統轄する外、自ら販売にあたり、金銭の出納、保管を担当していたもの、被告人Y3は、同会社の番頭格の従業員で、商品の仕入販売や経理事務を担当していたものであるが、被告会社の店舗敷地の明渡しを求められて、これに代替する土地を入手し建物を新築する資金を捻出する必要があったことなどから、右被告人両名は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、互に犯意を共通にしたうえ、商品の仕入および売上の一部を脱漏して、その売上金を簿外預金として蓄積する等の不正な方法により、所得の一部を秘匿したうえ、
一、昭和三六年四月一日より同三七年三月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が一、八九九万五、〇一九円で、これに対する正規の法人税額が七一一万八、一〇〇円であったのに拘らず、昭和三七年五月三一日東京都台東区蔵前二丁目八の一二番地所在の所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一二二万八、〇〇七円で、法人税額が四〇万五、二四〇円である旨の虚偽を記載した法人税確定申告書を提出し、もって、被告会社の前記正規の法人税額と右申告税額との差額六七一万二、八六〇円を逋脱し、(その修正貸借対照表は別表第一のとおりである。)、
二、昭和三七年四月一日より同三八年三月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が一、八一一万二、六五二円で、これに対する正規の法人税額が六七四万七、一八〇円であったのに拘らず、昭和三八年五月三一日前記所轄浅草税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二三七万八四八円で、これに対する法人税額が七六万七、九四〇円である旨の虚偽を記載した法人税額確定申告書を提出し、もって、被告会社の前記正規の法人税額と右申告税額との差額五九七万九、二四〇円を逋脱し(その修正貸借対照表は別表第二のとおりである。)、
第二、被告人Y4は、昭和二九年三月頃から、高級呉服卸業を営む東京都中央区<以下省略>所在の株式会社a社に勤務し、同三二年頃から外交販売係となり、同三六年一月頃から被告会社に対する販売ならびに集金業務を担当しているものであるが、相被告人Y2および同Y3が前記第一、各記載の被告会社の法人税を逋脱するに際し、相被告人Y3より、被告会社の株式会社a社よりの仕入商品の一部について、その販売先に架空名を使用して貰いたい旨の依頼をうけて、これを応諾しこれが、同相被告人等において、被告会社の商品の仕入および売上げの一部を簿外にしてその所得を秘匿し、法人税等を免がれるためのものであるとの情を察知しながら
一、昭和三六年一二月一五日頃から同三七年三月二九日頃までの間、別表第三記載のとおり、前後二〇回にわたり、被告会社において、名古屋帯等衣類合計九七四点を代金合計五四〇万七、二四〇円で被告会社に対して販売するにあたり、その納品書および代金請求書を、いずれも「西久保」名義宛に作成交付するなどして、これを「西久保」なる架空名義店に販売したように仮装し、被告会社の商品の簿外仕入を行わしめ、もって相被告人Y2および同Y3の前記第一、一の犯行を容易ならしめてこれを幇助し
二、昭和三七年四月六日頃から同三八年三月二六日頃までの間、別表第四記載のとおり、前後五六回にわたり、被告会社において、ミナロン友仙等衣類合計二、三七二点を代金合計一、五一二万五、三二〇円で被告会社に対して販売するにあたり、その納品書および代金請求書を、いずれも「西久保」「紅葉屋」あるいは「叶屋」名義宛に作成交付するなどして、これを右各架空名義店に販売したように仮装し、被告会社の商品の簿外仕入を行わしめ、もって、相被告人Y2および同Y3の前記第一、二の犯行を容易ならしめてこれを幇助し
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
法律に照らすと、判示第一、一の所為は被告会社につき法人税法(昭和四〇年法律第三四号)附則第一九条、昭和三七年法律第四五号附則第一一項、同法律による改正前の旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)第五一条第一項、第四八条第一項、刑法第六〇条に、被告人Y2および同Y3につきそれぞれ法人税法附則第一九条、昭和三七年法律第四五号附則第一一項、同法律による改正前の旧法人税法第四八条第一項、刑法第六〇条に、判示第一、二の所為は、被告会社につき法人税法附則第一九条、昭和三七年法律第四五号による改正後の旧法人税法第五一条第一項、第四八条第一項、刑法第六〇条に被告人Y2および同Y3につきそれぞれ法人税法附則第一九条、昭和三七年法律第四五号による改正後の旧法人税法第四八条第一項、刑法第六〇条に、判示第二、一の行為は、Y4につき法人税法附則第一九条、昭和三七年法律第四五号附則第一一項、同法律による改正前の旧法人税法第四八条第一項、刑法第六二条第一項に、判示第二、二の行為は、同被告人につき法人税法附則第一九条、昭和三七年法律第四五号による改正後の旧法人税法第四八条第一項、刑法第六二条第一項に各該当するところ、被告人Y2については、犯後の態度において反省改悟の情が顕著に認められ、関係租税も完納していることは証拠に明らかなところであるが、仕入先の係員までに罪責を及ぼした本件犯行の主謀者としての責任にかんがみて、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人Y3および同Y4については、いずれもその従属的な立場を考慮して、各所定刑中いずれも罰金刑を選択し、被告人Y2については、判示第一、一、二の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条に従い、最も重い判示第一、一の罪の刑に法定の加重をなし、被告人Y4については、いずれも従犯であるから、同法第六三条、第六八条第四号に従い、それぞれ法定の減軽をなした各刑期ならびに各所定罰金額の範囲内において、各犯情を考慮して、主文第一項掲記の各刑に処し、被告人Y2に対しては、その犯情に照らし、同法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予し、被告人Y3および同Y4において、右の各罰金を納付することができないときは、それぞれ同法第一八条に則って、金三、〇〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとする。
(弁護人の主張に対する判断)
被告人Y4の弁護人の主張の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、およそ幇助犯が成立するためには、幇助者において正犯の実行行為を認識し、且つ、これを幇助する意思をもっていたことが必要である。しかるに、被告人Y4においては、正犯より法人税逋脱の犯行の情をあかして協力を求められた事実がないばかりでなく、正犯の犯行を察知する由もなかったのであって、従つてこれを幇助する意思もありえなかったのである。なる程、同被告人の検察官に対する供述調書中には、同被告人のこれと異る供述記載が認められるけれども、これは、同被告人が当法廷において弁解したとおり、同被告人が取調べの過程において得た知識を、犯行当時のそれと混同したものであって、事実に反し信用できないものである。そもそも、法人税逋脱を幇助するからには被告会社には利益があって、法人税を納税する状態にあることを認識していなければならないのに、同被告人は被告会社が法人税を納税し得る状態であったことを認識していなかった。また、被告会社の経理の実際を窺い知る由もなかったのである。従って同被告人としては、架空名義の納品書や代金請求書を発行交付したからといって、それが正犯の法人税逋脱を幇助する行為とは到底認識しえなかったのである。すなわち、被告人Y4の行った右の所為は、当然には簿外仕入れには結びつかず、仮に結びついたとしても、銀行借入れをするのに資産状態を良くみせるためとか、配当を行うためとかの目的の場合があって、それが直ちに簿外売上げを結果して法人税逋脱の犯行を幇助する行為になるとは、売主側からは容易に想像認識できなかったのである。仮に同被告人に右の認識があったとしても、本件においては、同被告人の前記行為の結果被告会社の簿外仕入分となった商品が具体的、個別的に簿外売上分となったことが明らかでないのであるから、同被告人の前記行為は、もって正犯の犯行を容易ならしめたものということができない。仮に、以上のすべての主張が認められないとしても、同被告人は、高校卒業後直ちにa社に入社し、住込みで勤務していたが父を失い、自己の給料をもって母および妹をも扶養しなければならない生活状態にあり、また右の勤務会社においても販売成績によって能力の評価がなされており、上司より得意先第一主義、顧客本位の販売を命ぜられ、激烈な販売競争の中で若年の身をもって、自己の生活を守り、職を維持してゆくためには、顧客の要望を受容れなければならない立場にあった。もしこれを拒絶すれば、勤務会社設立以来の大切な顧客を自己の担当中に失い、相当の責任を負わなければならない状態であった。このような具体的事情のもとにおいては、相被告人Y2等から架空名義の伝票類の発行方を指示された場合、これを拒絶することができず、その指示に従ったことは無理もないことであり、その行為をしないことを期待することはできなかったのであるから、被告人Y4については期待可能性を欠くものといわねばならない。すなわち、同被告人は無罪である。
これに対する当裁判所の判断は、以下のとおりである。
被告人Y4において、正犯者より法人税逋脱の犯行の情をあかして協力を求められた事実の認められないことは、弁護人主張のとおりである。しかし、この事実が認められないからといって、直ちに、同被告人において、正犯の犯行を察知せず、これを幇助する意思もなかったものといえないことも、また明白である。同被告人の検察官に対する供述調書中に当時同被告人において、被告会社における法人税逋脱の犯行の意図を察知し、しかもこれに協力した旨の供述記載があり、他方、同被告人は当法廷においてこれを否定していることは、これまた弁護人指摘のとおりである。そこで、このいずれを信用すべきであるかについて検討するのに、同被告人に対し、被告会社においては、ことさらに、架空名義の納品書や代金請求書の発行交付を求めたばかりでなく、本名による仕入分については、すべて被告会社の小切手をもってその代金を支払い、その領収証も徴するのに、架空名による仕入分については、これと異って、すべて現金をもってその代金を支払い、その領収証を不要としたこと、ならびに、その架空名も六ケ月ないし一年位で変更を求めていたことなどの本件取引に関する諸情況を考えあわせれば、証拠上特段に銀行借入れや配当の目的をうかがわせるに足りる事実が窺われない以上、同被告人において、当時被告会社における法人税逋脱の企図を察知したうえ、協力したとする前記検察官調書の記載が、合理的で信用できるものといわなければならない。正犯の行為の具体的詳細な内容を知る由もなかったからといって、右の企図を察知しなかったとはいえない。
また、被告会社は活気のある店であると感じ、同被告人の勤務先に対しても、よく買って、よく支払ってくれる、プラスになる客であったことは、同被告人が当法廷で自認するところであるから、被告会社が法人税を納税するだけの収益のある会社でないと、同被告人が当時認識していたとは、到底考えられない。つぎに、なるほど、被告会社において、簿外仕入分の商品が、具体的、個別的にそのまま簿外売上分に充当されたことは、証拠上明らかではないけれども公表仕入分と簿外仕入分の割合を考慮して、売上除外もこれと凡そ、平行的に処理していたことは、これを担当した相被告人Y3の当法廷において認めるところであって、被告人Y4の本件所為は、被告会社の本件法人税逋脱の犯行を容易ならしめたものというのに十分である。更に、同被告人が本件犯行時おかれていた境遇ならびに犯行の動機、事情については、弁護人指摘のとおりであるけれども、同被告人の当法廷における供述ならびにAの証言によっても、同被告人において、本件犯行に先立って、これを回避すべく、上司の指示を求めるなどの法令遵守のための努力を尽した形跡が窺われず、前任者の例にならったとはいえ、安易に被告会社の要請に従ったことが認められる以上、情状に関しては大いに斟酌して然るべき事実ではあるが、未だもって期待可能性がなかったと認めるには足りない。
(無罪理由)
被告人Y5に対する本件公訴事実の要旨は、同被告人は、昭和三七年八月頃から東京都台<以下省略>所在の株式会社b銀行c支店の御得意係として勤務しているものであるが、判示第一、二記載のとおり、相被告人Y2および同Y3の両名が共謀のうえ、被告会社の昭和三七年四月一日より同三八年三月三一日までの事業年度の法人税を逋脱するに際し、相被告人Y2より、被告会社の簿外預金の設定やその預け替え等預金の隠匿方を依頼されるや、昭和三七年八月頃から同三八年三月三一日までの間、右c支店において、被告会社の簿外預金であるB外四名義の普通預金通帳とその届出印鑑、ならびに定期預金の明細を記載してある「一時預り物件受渡通帳」等を保管して、その間毎日被告会社に赴いて、被告人Y2より被告会社の売上金を受領して、これを右簿外預金に分散して預金したり、あるいは右簿外預金から適宜、預金を現金で払戻して被告会社の公表預金に預け替える等して、相被告人Y2等の判示第一、二の犯行を容易ならしめてこれを幇助したものであるというのである。
ところで、右公訴事実の外形的事実は、凡そ被告人Y5の当法廷において認めるところであるが、右の被告人Y5の行為は、それ自体で、現在の銀行の得意先係りが一般に行っているサービス業務の範囲を著しく逸脱していて、法人税逋脱の意図を認識してこれを幇助すべく行った行為として以外には理解されない行為というわけではないことは、C、DおよびEの各証言等によって認められるところである。従って、被告人Y5の本件犯罪の成否は、まず専ら、本件犯行当時、同被告人において、被告会社の法人税逋脱の意図について認識を有して、これを幇助する意思をもって、あえて右所為に及んだものであるか否にかかるものといわなければならない。ところで、同被告人の検察官に対する供述調書中には、被告会社の法人税逋脱の意図について頭初から認識を有したとの供述記載が認められて、一見これが動かし離い事実のようにも映るのであるが、更に考えれば、架空名義の預金には、その他の意図、目的が考えられないわけではなく、また、これらの預金も必然的に申告の際簿外資産とされるものとは断定できないところであるから、同被告人が、当法廷において、税金対策かも知れないし、そうでないかも知れないと、頭初ちらっと考えたが、結局はよく判らないままに深く考えないで本件所為に及んだ旨供述するところは、あながちにためにする虚言とはいい切れないものがある。このことは、前出の検察官調書中における、立場上被告会社が税金をごまかすようなことに協力する形になったわけであるとの同被告人の供述記載とも通ずるのであって、その他、同被告人の当法廷における供述にてらせば、同被告人が本件所為に当り被告会社の法人税逋脱の意図を認識したうえ、これを幇助する意思を有したことは必ずしも証拠上分明でないものといわなければならない。そうだとすれば結局、同被告人の本件公訴事実はその証明が十分でないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条に従って、被告人Y5に対しては無罪の言渡をすることとする。